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舛添知事の記者会見を聞いて

 投稿者:片伯部 淳  投稿日:2016年 5月27日(金)20時45分5秒
返信・引用
  知事の説明は公私混同が明らかになったこと以外に何もなかったことは残念です。当初説明のとおり「公用車は動く知事室だ」「四六時中都政の事を考えており、家族との旅行先で会議して何が悪い」と言えばよかったのではないか。それが一転した。説明を聞けば聞くほど言い訳がましく感じられたのは私だけであろうか。
 海外出張の高額支出についての発言で「一流のホテルの一流の部屋に泊まっていないと『その程度の人間か』と会いたい人にもあってもらえない」という発言がありましたが、我々の知事はそのような感覚の人であったのかと残念です。
東京都が豊かなことは世界中で知られています。その知事が質素なホテルに泊まっていたら返って感激されるのではないかと思いますが如何でしょうか。「世界で一番貧しい大統領」として注目を集めた南米ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が如何に人望を集めているか考えて見てほしいと思いました。
これから都議会でもこの問題は取り上げられると思いますが、行政の結果責任は住民が取らなければなりません。この当たり前のことを忘れないようにしながらこれからの動向を見守っていきたいと思います。
 
 

遍路日記

 投稿者:片伯部 淳  投稿日:2015年11月21日(土)10時11分11秒
返信・引用
  十月二十一日(月)雨のち曇   (4.9km 6.133歩)

 暗い雲に覆われた秋雨の朝、孝子に見送られて真新しいリュックを背負って家を出る。五十日間の遍路計画である。良く許してくれたと感謝する。

JAS235便・羽田発・徳島行きは午後一時、定刻を少し遅れて秋雨の中を飛立った。
午後二時五分・徳島空港へ着陸。空は曇っているが一部に青い空さえ見える。
空港のロビーを足早に抜けて四国八十八霊場第一番札所霊(りょう)山寺(ぜんじ)へ向かう。

この山門はこれまでに何度潜ったことだろう。恐らく数十回を数える。この寺は、徳島を訪ねる遠来の客を案内するには最もふさわしい寺である。仕事上のお客様は勿論、親兄弟、友人と一緒にこの門を潜った。
そして今、ひとりの『お遍路』としてこの山門を潜る。少しも変らないなつかしい寺の佇まいや参詣者の読経の声。すべては往年に変らないが、私一人は足が浮き立ち覚束なく雲を踏む様である。
遍路の作法は、初めに本堂に参拝し、次に大師堂を参拝する。お灯明、線香、お賽銭をあげ、般若心経を唱え、納め札を箱に入れ納経所へ。真新しい納経帖に黒衣尼僧の墨筆が走り朱印が押される。これまで案内した人たちに記念だからと勧めた納経帳だが自分自身の納経帳は初めて。墨と朱印が目にしみる。

秋霖の鳴門の渦や杖始 淳

 仕事では車で何度も通った撫養街道ではあるが、歩くのは初めて。遍路地図を確かめながら歩く。
 第二番札所極楽寺(ごくらくじ)。この寺の仁王門を潜るのは二度目。第一番霊山寺に比べて極端に少ない。
私は遍路寺詣でを避けていた。私の意識の中に『歩き遍路』へのこだわりがあり無意識の内に八十八ヶ寺に対する関心を潜在化させていたのかも知れない。
 この寺を最初に訪ねたのは昭和六十二年八月十二日、この日付を忘れることはない。二度目の徳島勤務を終えて大阪に転任する時だった。阿波踊りの初日で、朝からお囃子が響き街中が湧きたっていた。
徳島空港に向う車の中で運転士の小溝康雄さんに『二番札所は何と言う寺ですか』と訪ねると『極楽寺。一番札所から1㌔ほどの所ですよ』と呆れ顔で教えてくれた。
『極楽・・・じゃお参りしなくては』と足を伸ばした寺である。
その事もあって、出発の時から最初の遍路宿はこの極楽寺宿坊と決めていた。
弘法大師のお手植えという長命杉が千二百年の威を備えて周りを圧している。本尊の阿弥陀如来は重文である。

霊山寺山門         極楽寺山門  弘法大師お手植えの長命杉

    露けしや長命杉の瘤の艶 淳

 事前に揃えた白衣、輪袈裟、納経帖、数珠、頭陀袋、遍路地図、納め札の他の必要なものを宿坊の売店で若い僧に教えてもらいながら揃えた。金剛杖、菅笠、教本、蝋燭、線香である。
 金剛杖は、弘法大師の分身である。「南無大師遍照金剛」と「般若心経」が墨書されている。遍路では宿についたら真っ先に大師のお足である杖を洗い、床の間にたてる。杖は歩行を助け、護身の杖でもある。
 菅笠は、日差しをさえぎり雨をしのぎ、木の枝から頭を守ってくれる。丈夫な竹製を選んだ。笠には、正面の梵字を中心に『同行二人』『迷故三界城』『悟故十方空』『本来無東西』『何処有南北』が墨書されている。前途千二百㌔に心を静める。
 教本は遍路に欠かせないお経と四国八十八ケ所ご本尊御詠歌が記されている。

  夕食は早番と遅番の二回に分けられている。午後五時三十分の早番の食事にした。隣りのテーブルは団体遍路『てくてく会』約二十名。この団体は荷物を運ぶマイクロバスが付いているが『歩き遍路』で、今回は阿波一国打ちとのこと。今日、徳島空港で集合したばかりでお互いにまだ顔馴染が少ないらしく、あちこちで小声に話すのが聞えるだけで静かだ。食後に自己紹介をするらしい。引率者が「食事の前には『一粒の米にも万人の労苦が加わり 一滴の水にも恩徳を感謝しいただきます』と感謝の言葉を唱えます」等を説明するのを聞きながら、私は黙々と一人で食べる。これから一人で歩く長い道のりに身が締まる。奥のテーブルは遅番の午後六時三十分から食事する約五十人の席。食卓に日本酒や焼酎の一升瓶、ウイスキーが何本も並び始めた。早い食事にして良かった。

 四国遍路に出るに当たって私は『三つの願』を定めている。
一、アルコールを飲まない。
二、遍路中は乗り物に乗らない。
三、車以外の出会った人に挨拶する。

 宿泊代五千五百円。朝は忙しいので支払を夜の内に済ませる。

明日から訪ねる寺は、仕事の関係で訪問した第二十三番薬王寺の外は殆ど初めてだ。三十余年もの間、何故この様に極端に『歩き』に拘ったのか自分でも不可思議であるが、今、その第一歩を確実に踏み出したのである。

(第一信)
 お陰様で第一歩を踏み出すことが出来ました。本当にありがとう。
振り返ってみると私の人生は貴女の絶え間ない陰に日向にお世話になっています。時には反発したくなったこともありますが、肺結核という病気をしながら商工中金に入れたのも貴女に相応しい人間になりたいと努力したお陰でした。それにつけても先日の『思い込んだら他人のことは考えない。貴方が幸せな分だけ迷惑を受けた人も多いのでは・・』という一言には反省させられました。皆が良くなればと私が思ったとしても回りの皆さんがそう思わないことは確かに一杯ありますよね。ゆっくり考えながら歩いてきます。本当にありがとう。徳島は今、雲間から日が差してきました。  二番札所極楽寺にて  淳
 

西武鉄道さんへお礼

 投稿者:片伯部 淳  投稿日:2015年 1月25日(日)11時34分18秒
返信・引用 編集済
  先日、西武鉄道池袋駅から準急飯能行に乗り、石神井公園駅で急行快速に乗換え、ひばりが丘駅で各駅停車に乗換えて帰宅して気がついたのですが、車内に翌日の初句会で会員の皆さんに配る六花亭のクッキー2箱を忘れました。家人には「ボケが始まったのでは」「もともと注意が足りない」などと言われながら、東久留米駅に電話しました。若い駅員の大川内さんが追跡して調べてくれ、飯能駅にあることが分かり受け取りに行きました。
無事に句会で配り、皆さんにその経緯を報告しました。「日本の平和な良さ」「親切な対応」など賞賛の声と拍手が起こりました。
とても気持ちのよい初句会になりました。関係した駅員の皆様に御礼申し上げます。
 

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